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Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

Do you wanna be evaluated by somebody else? 続・テストとは何か

TESL TOEIC

下の記事の続きです.さて,テストですが,基本的にテストというのはできる人にとっては楽しくできない人にとっては楽しくないものです.範囲の決まったQuizでさえも,できる人とできない人はそれなりに出てきます.Quizの場合,出している先生からすれば良かれと思って出しているのに学習者には苦痛でしかなくて,同時に先生は低いスコアにがっかりするわけです.

で,そのこと自体はぼくは必要悪であり,仕方がないことではあるのですが,そのように能力評価に使われ,母集団のための選別の道具(社会的な意味をもつ)がピントの外れた試験であってはどうかと考える人が出るのは自然なことです.できれば「よりまし」な試験で能力を図ってくれた方が学習者の方もスッキリとします.

さて,ここでtesting(テスティング)という学問があることをお知らせしておきます.ぼくは門外漢なので細かく述べることはできませんが,要はテスト全般について研究する学問です.ぼくは,専門家が一般人を見下して自分だけの利権を形成していく危険性さえ避けることができれば,基本的には専門家の意見を聞くべきだと思っています.だから,外国語教育に応用言語学(Applied Linguistics)や第2言語習得(Second Language Acquisition)の知見が取り入れられることは半ば当然のことだと考えます.

で,数年前までぼくはこのテスティングの専門家が,英語教育において英語力をどう評価していくかに対して多大な貢献をしてくれるものと密かに思っていました.だいぶ前の話になりますが,偉い大学の先生が,言語能力の細い記述と項目応用理論(Item response theory, IRT)を駆使して教材や試験を作っていることを知り,素人としてはスゲーと思ったものです.

また,細かくitem writer(アイテムライター,試験製作者)の立場から,攻略本を出しているヒロ前田さんという人の存在を知ったのも確かこのころです. 

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 ただ,現在のところは,テスティングの知見が一般のテスト政策に降りてきてテストやそれに伴う英語教育の質が向上することは難しいのではないのかと推測しています.それにはいくつかの理由がありますが,まず第1に,正しいテストの作り方の知識に通じていて,さらにそれをテストやテスト教材に反映できるような人材はそれほどはいないことです.TOEIC著者やTOEIC講師はたくさんいても前田さんクラスの分析(過去のテストに何が出題されたかではなく,その背後にある問題製作の原理を見抜いて,教材を作ったり,適切なアドヴァイスをすることができる力)をして,かつ学習者に還元できる人はそうはいないでしょう.おそらく,そういう人材が試験製作機関とか大学などでテストを作るプロジェクトティームにいても,周囲の人はぶっ飛んだ頭の良さについていけずmad scientist扱いされるような気がします.特に,日本なら.

でも,もし,そういう人材が現われたらやっぱり立てて欲しいなと思っているし,そういう人も増えていくような気もします.ぼくがより憂慮しているのはもう1つの理由です.それは,テスティング研究は,その研究を続けていく以上データを集めるためによりたくさんのテストを必要としていく形になり,学習者がテスト漬けになってしまうことです.で,実は,これは日本だけじゃなくて情報をマメに収集している人ならご存知のように現在のアメリカでも起きていることです.

特に,結論はありませんが,テストに関してはこんな感じです.ぼく自身は,TOEICTOEFLも特に悪いテストとも思っていませんが,特にこういうテストを積極的に導入するのがいいとも思っていません.同時に,このテスト反対を声高に叫ぶ気もあまりしません.

Do you wanna be evaluated? テストとは何か

TESL TOEIC

英語教員、TOEIC“合格”2割 京都府中学「資質」はOK? (京都新聞) - Yahoo!ニュース

このニューズが関心を集めているようです.案の定,現場に近い人は英語教員の適性をTOEICで測ることの是非を指摘することで英語教員を擁護します.また,当然のごとく,ITやコンサルティング業などに多い自衛の人,もしくはそれに近い立場にいるエリート会社員の人たちは「こんな点数の低い人クビにして欲しい」とか「そもそもTOEICじゃなくてTOEFLだろ」というような反応を見せたりします.でも,おそらく大半のフツーの人は「ふうん」だと思います.何が起きているのかよく分からないのが正直なところでしょう.

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一応,TOEIC本を書く著者の立場からすれば,730点って中学生が勉強する英語に毎日触れているだけではとても届く点数ではないです.ただし,同時にそんなに難しくもない,とすでに遥か上のスコアを持っている人が感じるのもわかります.別に話せなくてもいいのですが,例えば,この辺の単語ならスラスラ処理できなければいけません.

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 ぼくは中学英語に明るくないですが,おそらくこんな単語は英語としては一般的に難しくはなくても中学校の教科書あたりでは普通出てこないと思います.中学校の先生は中学生が習う英語を読む・聴くはもちろん,話す・書くもある程度できた方が学習者には益をもたらすと思いますが,それを測るのにTOEICが適切かは微妙であり,ましてや730点をとる能力が必要とは思えない,というのが正直な感想です.

しかし,気になるのは,こういったことが起きると現場を擁護するという形で「日本語と英語の比較による言葉のしくみに対する純粋な好奇心」をもたらすのが英語教育者の仕事とかなんだかよく分からない意見を云う人も出てくるのですが,ぼく個人は,この自分の言語観を学習者に押し付けたがるタイプの教育者も冷ややかに見ていくべきだと思っています.大概の指導者は,このような意見を聞いて「そうか和訳と文法だけでいいのか」と思うからです.

ただ,上に書いた通り,多くの教育の現場に近いところにいるわけでも,言論を司(つかさど)る人たちではない普通の人たち(当然,一般的な中高生の学習者やそういう学習者を子供にもつ人も含まれます)はよく分からないわけですから.それより大事なのは今一度,良い悪いとかを無視してテストとは何か,ということをよく考えてみることです.

テストというのは能力の測定に使われます.これは英語でよくいうexamという範囲の大きな試験です.試験がどのように使われるか,とかどのように点数が出されるのか,というのを無視するとここはわかりやすい話です.

ただ,テストにはもうひとつの機能があります.それは勉強への強制力です.普通の人は怠け者で勉強しないので,試験があると勉強するというやつです.ただ,これは基本的にはquizと呼ばれる類のもので,範囲がわかっていることを勉強します.まあ,範囲がわかっていると英語で和訳出すテストだと和訳を覚えれば英語の勉強を全くしなくても点が取れてしまう,という問題があります(おそらく上のexam系のタイプのテストはそういう欠点を埋める形で生まれたのでしょう).とにかく,勉強のペイスメイカーという役割をテストは演じることもあります.

いわゆる試験対策というのは前者のテストでいい点を取るために後者の勉強方法で成り立たせるためのものと考えることもできます.範囲が分からないのが,総合的なテストの真骨頂なのに,こういうテーマが出るとか,こういう語彙が出るとかいうことを示すことで勉強することを絞っていきます.このことがいいかどうかは知りませんが,こういう試験対策があるがゆえにある特定の試験対策のプログラムに放り込めば本来試験が測ろうとしていた能力が身につくはずだ,と考える人が増えてきました.英語に限らず試験対策で能力や知識が伸びないはずはないのですが,それが限定的であることがそのプログラムに関わっている当事者以外には見えない,これは問題だな,と思います.

(つづく)

How the rule is made それをルールと呼ぶのか?

writing

英文をネイティヴスピーカーに見てもらう際,自分のうっかりとしたミスを指摘してくれるのはありがたいのですが,それよりも個人的に好きなのは,ネイティヴスピーカーならではの感覚的なコメントを添えてくれるときです.

 

ちょっと前に,finallyというtime order(より正式にはchronological orderなどと呼び,これに「時系列」という訳語を当てることになっています.個人的にはそれほど好きではないのであまり使いません)を表わすdiscourse markerの使い方についてコメントをもらったことがあります.

 

3つ以上のものを並べていくときはfinallyは単独で使うけれども,2つのときはbut finallyになるというコメントでした.

 

これは「助動詞の後ろの動詞は原形になる」というような類のルールというものとは少し違いますが,自然に2つの要素のときは,comparison & contrast(「比較・対照」と日本語では云うのですか? ぼくはあまり使いませんが)になるということなんだろうと思うけれども,これをconventionと呼んでいたので面白いな,と思いました.まあ,この本の「ルール」としてあるのもガチガチのものではないので,まあ,いいんですけどね. 

 

英語スピーキングルールブック−論理を学び表現力を養う

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Give them another chance. 本を生き返らせるということ

books

 この本が今日発売されたということを知りました.断っておきますが,ぼくはこの本の内容はよくは知りませんし,書かれた著者の方も知りません.おそらく,ゆっくりすぎるぐらい発音する練習をしながら,正しい英語の発音を学ぶという本だと思います.

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 ただ,この本が出たことを喜んでいます.営業停止になった出版社から出ていたのがやっと復刊した本だからです.で,もとの本の編集者はぼくの本を担当してくれたこともありました.

実は,絶版(正しくは「廃刊」というのでしょうか.正確には,その本の出版社が増刷をしなくなることを意味します)した本が別の出版社から復活するのは結構難しいのです.なぜ難しいかというと作業工程が意外と面倒だからです.

 

本というのはテキスト(文字データ)は著者,デザインは出版社に帰属します.だから,レイアウトを変えなければいけません(もちろん,合意があって版を旧出版社が新出版社にお金をもらって売却した場合は別です).で,テキスト化する際になぜか文字化けしたり,改行箇所が消えたり,出現したり,など色々なことが起こるので,それを元の本と読み合わせながら直していくといくことになります.

小説だとほとんど文字だけなので,こういう問題は発生しません.語学書の場合は,かなり面倒です.編集者だけでなく,著者でさえ,たとえコンテンツの大半は変更していなくても,新しい本を書くと同じぐらい・あるいはそれ以上感覚的には労力を味わうわけです. 

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 この本を出したもそうでした.というか,まさかやっと出してから1年して新形式問題対応でまた大幅に加筆訂正を行なわなければいけないことは考えていませんでしたが….というわけで,内容がどうこうを一切無視しても,別出版社から出た英語教材は売れてほしいな,と感じています.というか,そういう実績ができて来ないと,まだたくさんある・これから出てくる廃刊になった本も生き返らせようという出版社が出て来なくなってしまうからです.

 

Before working on anything specific 英語をとにかく生み出すために

pedagogical grammar

大概の場合,何かがうまく行かないのは現状を無視してできないことをしようとしたり期待しようとするからです.よくぼくがいう「よりまし」という概念はそういうことも含んでいます.もう少し具体的な云い方をすると,英語学習でものすごく無理なことをしようとする人は大概自分がすぐにはできないことに手を出そうとします.主観的には,難しいことに挑戦していく学習者の姿というのは美しく見えるのか,こういう姿を褒める人もいます.ただ,ぼくはあまり良いとは思っていません.

一つは,なんだかんだ云ってぼくの外国語学習のステップはStephen Krashenですから,自分の実力よりもちょっとだけ上のインプットを心がける"i plus 1"が基本であり, "i plus 10," "i plus 100"は単純に不可能だと思っています.

もう一つは,各学習者の現在の英語力に関係なく,物理的・経済的・時間的な色々な要素から不可能なことを無理してもしょうがないというのを知っているからです.例えば,働いている人に急に仕事を辞めて1日15時間以上の英語学習をするとかは無理でしょう.現実的な計画だけが学習者を前に進ませることができるわけです.

「意味順」で学ぶ英会話

「意味順」で学ぶ英会話

 

 前置きが長くなりましたが,当然,多くの人で何か思い立って,英語ができれば,という人はまず話せることになることに意識が向くのは仕方ない話だと思います(いちいちそういう学習者が出てくるたびに,嫌味をいいたがる英語教育者の方がぼくは間違っていると思います).ただ,基礎基本ができていないうちに高度なアウトプットというのは無理な話です.

でも,英語を生み出すので,ポイントになるのは割と決まっています.

(1) 英語のセンテンスの基本はWho Does Whatの「誰が何する」だから,action verbを見つけることが大事.

(2) 時々,Who Is What「誰は何である」という2つの要素をつなぐ描写・説明のセンテンスも使われる.でも,ここで気をつけたいのは to be = は・が

(3) one verb in one sentenceが原則.そうじゃないときは,to do, -ed/en, doing のように動詞を動詞でないものに変えないといけない.また,このたったひとつの動詞部分でセンテンスの時制を表わす.

とか,多分他にいくつか挙げても10に満たないはずです.で,まあ,こういうことは『「意味順」で学ぶ英会話』に全部書いてあるので,とりあえずこれを特に一番最初のLesson 0をよく読んでください.これ以上のことは全部極端な話使いながら・インプットを増やしながら少しずつ学んでどうにかなるものです,いや本当に.ここに書いていることが体感を伴なってわかるというのであれば,極端な云い方をすれば英語の勉強の基本は終わりなのです.

とりあえず,この本と,興味に合わせてものすごいやさしいものを聴いたり・読んだりすることを3ヶ月してみる.まずは,本当の初級者(false beginnerではない)にはそれをお勧めします.

Topic or subject? さらに「よりまし」と英文法

pedagogical grammar

もう少し「よりまし」という概念自体を書こうかと思いましたが,すでにMore or less preferred 「よりまし」とは何か - Write to Do the Right Thingという記事をずっと前に書いていました.

今回は,「よりまし」でなくなぜ「より悪」に向かうのか,という原因を考えてみます.また,それは同時になんでここ数年自分が「意味順」に魅せられて拘ったのかということでもあります.

ひとつは,文法というものに対する幻想と誤解です.多くの英語学習者(English language learners, ELL)は英語でセンテンスを作ろうとすると文法的なミスをします.しかしながら,このミスはどうしても起こるものです.先ずは,それを受け入れなくてはいけません.これはCorderだったかSchacterだったかが云っていたことだったと思いますが,ぼくは不勉強なので触れません.

すぐに文法的なミスが減ったり,無くなったりしない理由の1つはルールを学ぶことからルールを内在化させる(internalize)ためにステップがあるからです.もうひとつは文法ルールの理解というのが,表面的なステップに終わってしまい,インプットしたときのformの適用が不可能なときに,学習者が勝手に適用してしまう際,それに対してのfeedbackはない,あるいは最初のルールそのものの提示がなんらかの形で間違っているからです.

最近,ぼくは主語(subject)と述語(predicative)とか主語と*動詞部分(verb)という考え方をちょっと疑っています.5文型が嫌いだったのは,目的語(object)と補語(subject complement)や付属要素(adverbial, modifier)の区別を厳密にすることへの疑いから始まったのですが,今はもっと根本的なsubject/predicativeをわかりもせずに提示すること,主語ってなんですか,と訊かれて「誰々は・何々は」の「は」の前の名詞,と答えてしまう人が多いというところに問題が潜んでいるような気がしました.

 これはこの本にも書いていることですが,言語学者から見た発想としては日本人にとってはTopic - Commentでセンテンスが成り立っているから,次のような文を作ってしまうのだと,

X Yesterday is a part-time job. 

Second Language Grammar: Learning and Teaching (Applied Linguistics and Language Study)

Second Language Grammar: Learning and Teaching (Applied Linguistics and Language Study)

 

 で,正しくは

I worked part-time yesterday.

というわけです.で,英語はSubject - Predicativeの言語だからと.でも,フツーの人にはTopic/Subjectの違いなんかわからないです.

実はポイントはここにあるのではなく,

Topic - Commentという部分におけるCommentということ自体がWho Does Whatという要素を含むわけです.yesterdayというのは,どちらかというとmessageにおける話し手の焦点を狭める(narrow down)働きをしているわけで.だから,

Yesterday I worked part-time.

 とは云えるわけですから.まあ,何を云っているかだんだんわからなくなってきましたが,実はポイントは主語(subject)と述語(predicative)がどうこういうのではなく,英語においては,述語部分の先頭にくる動詞部分(verb)で表わすactionがきっちりその前に人・もの・ことをDoer(動作の主体)として持っているか,という部分なんです.

書けば書くほど,ぐちゃぐちゃとしてきてしまいましたが,結局この部分がキモかな,と.あまりうまく書けませんでしたが,この辺で.

Deductive approach that works  続・「よりまし」と英文法

pedagogical grammar

2017年が始まりました.2016年は,2015年のように,『スピーキングルールブック』と『「意味順」で学ぶ英会話』の2つを出すようなことはできませんでした.ただ,2016年中に作業をしていた本は次々今年になって出てきます.

それはそうと,少しずつ最近気になっていることは,もう文法・文構造系の勉強は「意味順」に任せてしまって,それよりも「意味順」に並べるカタマリの作り方を学ぶような方向に行けないのかなあ,ということです.まあ,ぼくがやることではないかもしれないけれども,「意味順」のそれぞれの要素ごとに必要なカタマリの意味と用法をまとめた単語集のようなものを出させてくれる出版社があれば少しやってみたいな,と考え始めました.

で,そこで必要になってくるのは,単に語を並べるのではなく,コンテクストと絡んだ使い方を示す「語彙文法」みたいなものです.日向先生のこの本なんかも基本語の用法について触れています.どちらかというと日本語の学習文法本が,文構造の問題・あるいは構文と云われるトリッキーな文構造とも熟語ともつかないものの紹介が多いのとは対照的です(註・ここでは,クジラがどうこうとかいうつもりはありません).

即戦力がつく英文法

即戦力がつく英文法

 

 それでも,もし,CEFR A1, A2あたりを対象にした文法書としては,結構これだけページ数があるのは読み通すのはきついのかもしれません(註・というか同じように桐原書店とかのアレとか初級者が読むわけないと思っているんですよね,実は.どうしても,学校英語の総体を基礎からやりたいのなら,下に書いた『くもんの中学英文法』か絶版になった学研の『ニューコース英文法』を2回ぐらいよく読むだけで十分だと思っています.実はどっちもそれほど好きではないのですが…).

さて,話が逸れました.で,いまぼくが自分の勉強用に年が明けて読み始めたのはこの本です.確か著者は昔,Cobuildで有名なCollinsから冠詞の使い方の本を出していたはずです. 

 

From Words to Grammar: Discovering English Usage

読み始めての感想ですが,もちろん,初級者にオススメする本ではないですけど,逆に初級者に何か云いたい上級者の人(英語を教える人を含む)にとってはいい本じゃないかな,と思います.というか,「意味順」に従って英語を教室で教える人がこの本に載せているような基本語の用法に通じているといいfeedbackができるような気がします.

 

とにかく,単語に限りませんが,言葉の勉強というのは,単に復習とか繰り返しとかいう話じゃなくて,1度学習したことをもっと別の角度から学び直すということが必要になってきます.だから,ある語の意味を覚えるのはいいことですが,それは始まりに過ぎないんですよね.例えば,teach「教える」と最初に覚えるのは仕方がないと思います.でも,いつかは日本語から離れないと行けないというか,英語が使われている中でもう1度学ばないと行けない.

X Could you teach me how to get to the station? 

ちなみに,From Words to Grammarでは, tellの項目に

Okay, you tell me why you're here. 

 という例文が載っています.

で,ああ,teachはここでは使えないんだ,tellにしないととどこかで学ばなければ行けない.だからといって最初の学びが無駄なわけではないし,まあ,それがより深い学習へのステップなので,まあ,こういう「よりまし」の言語観をあまり押し付けることなく教材に反映できればなあ,と思います.まあ,それが表向きのNew Year's Resolutionということにしておきましょう.