Write to Do the Right Thing

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語彙力と文法力について考える

語彙力と文法力というのは、非常に不思議なものだなあ、とぼくはいつも思います。 それ自体は、英語力ではないでしょう。英語を「読む」「聴く」「話す」「書く」というのが英語を使うということです。そういう英語を使うということの際、「どれだけ知っている(使える)単語があるか」「どれだけ正確な文法を使って話して(書いて)いるか」ということが問題になるというのが本来の姿だと思います。 それなのに、英語の単語とその意味だけを覚えて勉強が成立するとか、文法書を熟読したり、頻出文法問題集を解いてルールを覚えたからこれで文法は万全だ、とか勘違いしている人があまりに多いように思います。 このことの大きな大きな勘違いに較べれば、単語の勉強を最初単語集の訳語で覚えるか、英英辞典の定義でイメージをつかむかとか、あるTOEIC単語集には実際の試験に出ない単語が載っているだとか、あるいは大学受験用の文法の本には実際の英語からすると変なものがたくさんある、とかそういうことはどうでもいいことのように思えてきます。 覚えた単語が仮に、ReadingやListeningで使われていても、「あ、この単語、単語集で見たぞ」と感激しても、その場の英語が解らなければ意味ないでしょうし、文法だって「形容詞は名詞を修飾する」というルールを知っていても、
Being a ------- leader requires that you have the skills and knowledge to reach your goals. (A) competence (B) competent (C) compete (D) competing
こういうような形の文法問題に出会って、「いやルールは知ってたけど、英文の意味わかんないし」と云っててもしょうがない訳でしょう。だから、単語とその意味を覚える、文法のルールを覚えることのみをする勉強が役に立たないことぐらい、だれでも気づきそうなものです。そのこと自体は悪くないですが、結局、英語を「聴く」「話す」「読む」「書く」という作業は(仮に、1万歩ぐらい譲って受信のみでいい、と割り切っても、「聴く」「読む」だけは)避けられません。 でも、この記事をぼくがわざわざ書いている間でも、単語と文法だけの独立した作業だけをやって済ませる人はたくさんいます。ぼく自体は、あまりこういう作業のほうが逆に面倒でやらなかったので変な感じがしたのですが、最近、なぜ、こういう人が多いのかわかりました。 実際、英語を使う練習をすると出来ない感を常に味わうことになります。ぼくもよく「あれ、云ってることよくわかんないぞ」という瞬間に出会います。しかし、たぶん、独立した単語・文法の作業は「覚えていないで結構忘れている」ことには気づいても、作業そのものが満足に行なえないことに対する欲求不満が少ないんじゃないですかね。できるようになっているか別として、作業だけは確実に時間を使って出来る、だからこればっかりやってるんじゃないですかね。 でもやっぱりこの考えから脱出しないと、いけないと思うんですが。