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Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

Watch the gap 「ズレ」にまず気づかないと

pedagogical grammar

文法はどちらかというとあまり関わりたくない分野ですが,英語のしくみに関して気になるのは,学習者が「知りたいこと」と教える側が「知ってほしいこと」のズレです.

 

1例を挙げると「5文型のSVとかよくわかんないよ」と学習者が云ったとして,先生が「だから英語わかんないんだよ」みたいなことです.ここでは5文型の妥当性は問いません.関係代名詞でも何に置き換えても同じです.教える側にとって使いやすいアプリを学習者が使いこなせないのをどう考えるかです.

 

もちろん,必ずしも教える側が悪いかどうかは微妙だという問題はあります.先生の中にはこう云いたい人もいるでしょう.

 

「学習者がいままでうまくいかないのはやり方が悪いので『できる人』(である私,先生)のやり方を真似しないとね」

 

つまり,自分の使いやすいアプリに切り替えるほうがいいという考え方です.初級者が自分を捨ててさっさと指導者の云う通りにやっていればうまくいくのだ,と.

 

でも「よくわからない」から「できる人目線」に合わせるのって結局「見えている世界が違う」発言とあまり変わらないところがあります.要は先生目線は大量のインプット経験に支えられているのに,先生自身が気づいていない面もあるからです.

 

文法に関しては文法不要論と文法重要論が意味のない戦いをネット上でもリアルでも見たことがありますが,実際,文法が重要だったとして,あるいはあまり重要でなかったとして,その上で学習者にとって必要な「文法」とは何かを教える側の人も認識していないという問題は目をつぶったままであったりします.

 

だから,なんとか学習者目線を維持しながら,そこからユーザー(学んでいる言語の使用者)の目線にスムーズに移行できる方法はないかな,と考えたりします.もし,ぼくが文法関係の本を書く,もしくはプロデュースするならそういう本を書きたいですね.まあ,ぼくは「絶版ライター」脱出が先なので,誰が読むんだ,という話はあるのですが.