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Write to Do the Right Thing

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More or less preferred 「よりまし」とは何か

ぼくは英語学習を表現するとき「よりまし」という言葉をよく使います.このことばについて説明しておきます.

 

まず,「よりまし」というのは「完璧」とは違う訳です.英語学習でなにかしらの完璧主義は失敗します.自分の英語で完璧を目指すのも難しいですが,文法とか語彙とかある一つの要素がほかのすべてをカヴァーするように考えるものも誤りですし,訳読・多読・音読その他,いろいろな学習方法がありますが,「そもそもすべてと呼べるものなどない」のでそれらのひとつに過剰に偏って,それだけならともかく,他の学習者に喧嘩(けんか)を売っている人たちにはついていけないよね,という態度表明でもあります.

 

次に,「よりまし」の「より」というのは,英語だったら,thanであり,当然比較対象があるわけです.で,何と比較するのか,というと当然現在の自分な訳です.案外人はこれをしません.現在の自分を恥じる必要はないのですが,それよりも敢えて上を目指すならば,自分の現状を把握している必要があります.

 

そして,もうひとつは,自分の位置を把握したうえで,自分のゴールに近づいていないといけないわけです.ゴールとは誰かが設定してくれるものではなく,自分が決めることです.それがないと学習の方向性が見えないので,現状より「まし」ということも考えられないわけです.

 

この考え方を採用したのは,ぼくはSLAの専門家ではないけれども,大昔勉強したSelinkerのInterlanguageという理論が気になっているからだと思います.英語(本当は外国語)の学習というのは,誰かに1回きりのOSを植え付けてもらうことではなく,自分なりのOSを入れてもらったら,お気に入りのアプリ(英語ではAppsと呼びます)を入れたりしながら,状況に合わせてそのつどOSをUpdateしていかなければいけないわけです.自分の中に英語を理解し,生み出すシステムを絶えず育てていく,そういう言語観に「よりまし」という概念はぴたりと合っています.

 

ぼくは,ことばの使用はなるべく自由であるべきと考えているので,このことばや概念を気に入って戴けたら遠慮なくどんどん使ってください.