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Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

That which is more or less preferred 続・「よりまし」選択

いろいろな英語学習者がいるので,ある人に対してあてはまることが他の人にあてはまるかどうかは云えません.

 

例えば,ある程度英語のおしゃべりに慣れてきた人が,ネイティヴの友達に込み入った内容を秩序だてて話さなければいけないことに気づいた.その人は,そうか,よく使う云い回しを覚えるだけじゃダメなんだ,論理的に自分の考えをまとめられないと,と思うのは自然でしょう.

だけど,この人がまだ英語のおしゃべり「すら」できない人に

「英語は論理」

「『つながり』と『まとまり』が大事」

「しゃべれても意味ない」

とか云い出したら,でも日常会話ができないとまとまりをもった話し方での段取りはそう簡単にはできないから,意味不明か嫌味にしか聞こえないでしょう.


まあ,日常会話も何を日常会話と呼ぶかで,ものすごくハードルが高くなったり低くなったりするのでこういう話は大概空回りするのですが…

 

この辺の段階的な学習のステップもある程度全体像が見えるようになってくるといいのだが,みんな主観を振り回してしまいます.

 

だから,英語上達のためのアドヴァイスなんて簡単にできるわけじゃないんです.ある意味「センス」と云ってもよい訳ですし.

 

といっても,インプットをしながら,自分のOSを絶えずアップデイトさせることができるのが「センス」です.でも,これは残念ながら誰にでもできるわけではありません.「問題意識」「気づき」というのも本当は誰にでも起こるわけではありません.英語の神様が微笑むかどうかなわけですから.

 

中には,その神様を連れてこれるMiracle Teacherが世の中にはごく少数だけいると思いますが,たぶん,それは10人か20人に1人,100人にひとりぐらいかもしれない人の話でしょう.確率論で云っても TOEIC900点ぐらい取る確率(別にそれが難しいと云い切る気はない)です.だから,少し冷静になるべきだと思います.

 

まあ,ただ,野球でフォームを矯正させられて却ってダメになる選手が,急に解放された途端活躍したりすることがある.「よりまし」な英語教育は「センス」がある学習者が大きなお世話のフィードバックによって伸びなくなる,ということは考えてもいいのかもしれないですが…

とにかく,英語力だけじゃなくて,人の楽しみにせよ,努力にせよ,正義にせよ,定義したり,客観的にものごとを見ることをせずに,みんな自分のモノサシを振り回すことが目につきます.これでは,The road to hell is paved with good intentions.とは云わないまでもそういう善意で傷つく人はたくさん出てきてしまうのでは,と思います.

自分なりの「よりまし」─それは誰かが作って押し付けた基準じゃなくて,自分のいまの場所と行きたい場所を確認して,自覚的に選択を繰り返していくことであり,ときに選択を誤っても自分の歩みに自覚的ならBack to the drawing boardはそんな難しい話ではない,ということに気づいてほしいなと思います.