Write to Do the Right Thing

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Do you wanna make a decision yourself or let others do it? 「意味順」と「選択の自由」

いまから書くことはぼく自身が考えていることで,正しいかどうかは保証しません.ぼくにとっての「意味順」とは,学習者自体がそれぞれ自分の目的に応じてアレンジを加えていくための基本OSのようなものだと考えています.

田地野先生自身は「だれ」「する・です」...と使っていますが,ぼく自身は最初から英語にしてWho Does What+α あるいはWho Is What+αが基本スペックだという考え方をしています.これは「AがBする」「AはBである」の2種類しかセンテンスはないという考え方から始まっています.

この「意味順」の使い方について色々自分なりに考えているのですが,この「意味順」というOSは初級者でも使いこなせますが,同時に難しい面もあります.「意味順」学習法は,初級者でも初級者なりの自立を要求します.云い換えれば,初級者なりのCritical Thinkingが要求します.ちなみに,なにか勘違いしている人もいますが,英語学習においてCritical ThinkingはDebateとかそういうAdvancedな学習者だけの専売特許ではないんです.

何のことだかわからないと思うので,例を挙げてみます.例えばShe is singing.という文があったとして,She (Who) is singing (Does)のようにボックスに放り込んでいくのが一応現在ではもっとも基本的なやり方ですが,ぼくはShe (Who) is (Is) singing (What)もアリと思います.

というのは,ある意味 -ing というのは動詞を無理やり形容詞のようにしたようなもので,ある意味 She is singing.はShe is angry.と同じような捉え方をすることもできるわけですし.

「意味順」学習者がこのような場合,新しい英文を自分が見た英語からそういう判断をするなら,それはそれで尊重されなければいけないのかな,とぼくは考えています.これは少しでもSLAをかじった人なら必ず云うことですが,外国語を学ぶというのは自分の中にシステムをつくり育てていくことなので,正解を1回こっきりインストールするのとは本当は違う訳です.

具体的な英文の捉え方の例をもうひとつ挙げましょうか.現状ではボックスに入れにくいActuallyとかOftenのような語句があります.このことをさして,意味順が不完全だと揶揄する人もいます.しかし,ぼくが思うに,こういうものを自分なりにどのように捉えるかというのは学習者が英文をどう内在化する態度そのものを表わしているとも考えられるわけです.

助動詞のようなものもそうです.語順としてDoes/Isボックスの一番前にくるというのはそうですが,そのボックスの中をどのように捉えていくかというのはある程度洗練された英語を使うようになればなるほど学習者の自立と工夫が促されます.

簡単に答えを与えられないかわり,自由と選択が与えられるというか.ただ,そう考えると「意味順」モデルというのは英語の概念そのものとも云えます.ぼ はこの概念が気に入っていて買っていますが,なにかもっと勝手に決めつけてほしいなという学習者がいるのは知っているし,その気持ちはわかります.

でも,本当は自立してほしいな,とも思っています.なぜって,この世に「そもそもすべてと呼べるものなどない」し,「誰かを崇拝しすぎると本当の自由は得られない」って身をもって知っているから.まあ,何の話か,っていう感じですけど.