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Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

It doesn't matter whether it matters or not. 正直どうでもいい

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英語スピーキングルールブック−論理を学び表現力を養う

英語スピーキングルールブック−論理を学び表現力を養う

 

 最近の状況はWhack-a-moleという感じです.しらないひとはインターネットで画像検索すると何のことかわかります.で,たまたまこのような語はネイティヴに教えてもらったから知っているだけで,別に一般的な英語学習者に必須の語とは思っていません.

じゃあ,そういう語を覚えることがまったくの無駄かというとそうとも思わないんですよね.基本的に「英会話に細かい文法なんて知らなくてもいい」という云い方に反発して「正確な文法で話すことがその人の教養を計る」的なややうそくさいことと同じで,スラングにせよ,難語にせよ,知らないよりは知っていたほうがいいし,発音だって聴き取りにくい発音よりは,ネイティヴと思われるような発音のほうがいいに決まっているし,ないよりあったほうがいいものばかりです.ただ,全部を追いかける時間はおそらく普通の人の人生の予定時間には残されていないだろう,という冷酷な事実があるだけです.だから,できるだけ自分に必要な/興味があるスキルだけは磨いておいて,あとは適当になってしまうのがぼくを含め普通の人のやることということだけです.

ところで,「意味がある」というのはすごく個人的なことで,たとえば,ぼくは普段テレビも見ないし,新聞も読まないので世の中のたいていのことは知りません.もちろん,ぼくは模範的な英語学習者でもないので,The New York Times, CNN, Timeなどにもまったく触れることはありません.以前,Twitterで気になったニューズだけはちょっと追いかけることもあったのですが,アカウントのひとつをやめてしまったこともあって(何人かコンタクトを取りたいFollowersさんもいたし,本の宣伝をするためにTweetは全部消して,アカウントは復活させることも頭を少しよぎりましたが,そんなことをやってみる前にそろそろ閉じてから30日ですね.忙しいのでたぶんそんなことはしないほうがいいでしょう),そういう機会すら減っています.

そんなぼくでも,ここ最近はあるニューズがネット上に流れるかどうかを毎日何度かチェックしています.このブログを読んでいる人はああ,あのことか,と気づくかもしれませんが,もしそうだとするとかなり重症なので他のことに時間を費やしたほうがいいと思います.このニューズだってぼくにとってはものすごい意味があることですが,フツーの人にとってはまったくどうでもいいことです.

それはそうと,今日は実は東京に編集の打ち合わせに行ってきました.去年出した本より少しやさしいものを出すという話をしたのですが,同時に情報交換などもしながら他の人たちの人生もWhack-a-moleなんだなあ,なんて思いました(たぶん,もうここまで読めば覚えてしまったでしょう).そして,ふと浮かんだのが,この前何回か書いた記事を自分はなんで書いたのか,ということでした.一応,絶版本を復刊させるには,ということを書いたのですが,実のところを云うと,たぶん,ぼくの自分でも知らなかった意図は他にあって,身近な範囲でのdemocracyを実施させる方法というのはないのだろうか,的な他人にとってはどうでもいいことを考えていたんですね.

よく「国民の実際の声が政治に反映されていない」と云ったりすることがありますね.もし,そうだとすると何なんだろうと.それは,一般的な国民が自分の声を代表者である政治家に届けないからです.どうして届けないのか色々あるでしょうが,まあ,そうだとすると,「学習者が真に望んでいるものが英語教育に反映されていない」とすると英語の先生でも,英語教育政策担当者でも,利権関係者でも,政治家でも官僚でもない学習者のあなたが声を届けないかもしれない,というのは理屈としてはあるのだろうな,ということです.同じ英語教育でも,教材というのはかなりわかりやすい分野なのであなたの英語学習観や言語観が正しかろうと,少なくとも「こういう本を出してほしい」というのが編集者や著者にうまく伝わればまた違うのかな,と思うこともあります(まあ,そんな気がするだけかもしれませんが).結構,編集者も著者も善意で学習者の思いを汲み上げたつもりで間違っていることもあるのかもしれないので.

という,どうでもいい話です.