Write to Do the Right Thing

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Forget it and move on. 文型はいらない

 

Trio Writing, Level 1

Trio Writing, Level 1

 

 文型論を否定すると5文型か7文型かという話をする人もいるようですが,ぼくはどちらかというと興味がありません.おそらくフツーのネイティヴは5文型も7文型も知りません.それは,私たちが「ます」Formとか云われても,なんのことだか,というみたいな話と同じです.一般的な認知度(ESL/EFLの先生でもなんでもないただのアメリカ人やイギリス人にとって)だけで云えば5文型のほうが少しだけ有名なのではないでしょうか,たぶん.あと,ぼくは何年か前にあまりに文型がわからないのであえて文型分類に近いアメリカ人の大学生向けの文法ワークブックをやってみましたが,日本で習うものとは少し違うみたいです.おそらくここまで日本で定着したのは,たぶん英語の「格(case)」という考え方を日本語の「助詞(particles)」に当てはめて翻訳するのに都合がよかったのだと思います(それはそれでいいんじゃないかと思いますが,ぼくが和訳や和文英訳が嫌いなのもこの辺にあるのかもしれません).

ぼく自身は文型論は要らないと思っています.「意味順」(語順の基本ルール)とその人のレヴェルに応じた「個々の文法事項」と「動詞の用法」だけでいいと思っています.これをいうと,文章が難しくなるにつれて,抽象的な思考が必要になるので,文型は必要だ的なことを云う人がいるかもしれませんが,ぼく自身はその考えは違うと思っています.

まず,

❶ぼくは文型論を否定して,「意味順」を押しているかもしれませんが,学習者が自分なりにしくみを理解する力(これを言語学などでは確かmeta-linguistic skillsとかいう)を否定したことはありません.ただし,別にその力に文法用語いらない(註・どうでもいいことですが,「いらない」と「してはいけない」は違います)でしょ,とシンプルに思います.

❷ぼく自身はインプットの際に,学習者が知らないことに出会うこと自体はあるし,奨励しますが,それなりに学習段階というものはあるものだと思っています.だから,品詞の理解のようなものは,「意味順」の中の最も最たるものである,

(1) Jenny eats chocolate. 

     [Who] [Does] [What] 

 上のような「動作中心の文」と,

(2) Jenny is beautiful.

     [Who] [Is] [What]

のような「描写・説明の文」がなんとなくわかってからでいいと思っています.その前に,「名詞だから主語になれる」とか「副詞は補語になれない」とかよくわからないことはほうっておいていいと思っています.というか,本当の初級者にそんなことを教えるべきではないと思っています.学習者は知りたいと思っている,というのはウソだと思います.

❸❷からぼくとしては自然に派生してくることなのですが,品詞を永遠に教えてはいけない,とは云っていません.というか,仮に殆ど日本語を解さずにネイティヴの先生が英語で教えたという想定でも,インプットやアウトプットがそれなりのレヴェルになったら,たとえば,

What is your favorite verb?

How do you describe your best friend? Find the best adjective.

 というような質問を投げかけてもいい訳です.

ただ,ぼくが云いたいのは,

まず,上に挙げたセンテンスを支える基本語順の理解があって,

(3) Jenny loves swimming.

    [Who]  [Does] [What]

 これはchocolateのところにswimmingが来ているなあ.初めて-ingという形を見た,とか

(4) Jenny is smiling.

   *1[Who]  [Is] [What]

 これは変だなあ.isの後にsmilingっていうのが,来ている.Jennyが「笑い」ではないから,このsmilingはJennyの状態を示しているのかなあ.

という「気づき(noticing)」をうまく重ねるきっかけをつくっていくことが大事*2で(ちなみに,個人的な考えですが,この「きづき」のためのインプットの前にExplicit instructionをしようと,Implicitに気づかせようとそれはどっちでもいいのでは,と思います),このステップを文法用語は肩代わりはしてくれないわけです.

で,ちょっとわかりにくい書き方になりましたが,知識がついていくにつれて,自分のインプットから仮説をたててルールを引きだすことができるようになってきます.これが充分な抽象的な思考でそこに文法用語はかならずしもでてきません.ただ,インプットが必要に応じてたまっていくようになっていないとね,それが一番大事なんだけれども,案外難しくて…という話になります.

別に英語学習とか学びとか云われるものだけじゃなくて,何かのプロジェクトをこなすとか目標に向かって進むというのは本来3歩するんで2歩戻るようなことを繰り返さなければいけないのを,無理をして1歩進んだら絶対に戻ってはいけない,ような感覚を持ちすぎるのはちょっと危ないな,と思うことがあります.これは自分を含めて,すべての人が陥りがちなところです(註・誤解のないように書いておきますが,これを逆手にとって実体のない「豊かな学び」とか云いだすのはそれは同じようにまずいと思います).

「意味順」で学ぶ英会話

「意味順」で学ぶ英会話

 

 *1ご存知のように,この文は「意味順」では(5)のように本来[Does/Is]ボックスにis smilingを入れます.でないと,(6)のときにbreakfastが浮いた感じになってしまうからです.ただ,ここでの-ingが動詞を形容詞化したものという考え方を教えるにはこういう見せ方をするのもあってもいいかな,と思って書いています.「意味順」は存在そのものが学習者(もしくは指導者)にある程度の「選択(option)」を提示するCritical thinkingの要素を備えているからです.

(5) Jenny is smiling.

    [Who]  [Does] [What]

(6) Joe is eating breakfast.

      [Who]  [Does] [What]

*2 よくネイティヴ批判にネイティヴは文法を知らない論を述べる英語の先生までいますが,ネイティヴの子供が言葉遊びをするのなんていうのは,ネイティヴが形を自分なりに認識している証拠です.ネイティヴの子供が生活の中でことばのしくみをみつけていくシステムに近いものを「意味順」が提示しているのではないのか,と感じているのがぼくが推している理由のひとつでもあります.

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