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Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

No Child Left Behind? それははじまりでもおわりでもない

イギリスがEUから抜けるというニューズが駆け巡りました.大きなニューズだと思いますが,結果に一喜一憂するのではなくて,そこでどう動くのか,というのが大事なのかな,と思ったりしました.

これって英語試験のスコアとか,あるいはいまの英語教育のトレンドをどう考えるかでも云えることです.スコアを追いかけるのがいいとか悪いとか,英語教育改革を受け入れるのか,受け入れるのか,とかそういうのって本質でないような気がします.

じつは,スコアを追いかけ(るのをやめ)たとしてどうするのか,とか自分は改革案は嫌いだけれども仮に受け入れるならばどうあるべきなのか,あるいは自分は改革に異を唱えている人をどうかと思っているのだが,妥協していい部分があるならどこなのか,彼らがよりどころとしているのは何なのか,とかそういうのを考えるべきことなのでは,と思います.

で,根本的な話.どんなやり方をしてもカリキュラム作成者の目標に届かない平たくすれば落ちこぼれる人はでてきます.それは文法訳読をしようと,全部英語でレッスンをやろうと,外部試験を導入しようと同じことです.そういうことを考慮に入れてないで「発話が足りない」とか「会話をする上での文法力がない」とかいうのは本質を見ていないだけの話で,じゃあ,発話をしたり,文法をしっかり教えたりすれば問題は解決するかというとそういうことは起こらないわけです.もちろん,世の中には一定程度,「会話(文法)ばかりやらされたけれどもできなかった.でも,文法(会話)中心にやりなおしたらできるようになった」という人はいるでしょうが,ごく少数です.それに,当たり前な話,常に「ダメな会話(文法)指導/学習」より「よい文法(会話)指導/学習」のほうが「よりまし」になるはずなので.

で,ダメなのは,TOEICが嫌いだろうと,文法訳読が嫌いだろうと,「英会話のおしゃべりの練習なんて意味ない」と感じていようがいいのですが,それはTOEIC250点の人,TOEFL30点,英語の偏差値が35とかそういう人たちを急に消すことにはならないので,このレヴェルの人が自分の理想とする地点にいくための最短のステップを考えたり,その間に複数の短期的な目標を提示するほうがいいと思うのですが,そこに達してもおわりでもないけれども,けっしてそれをはじめと考えてしまってもいけないわけですから.

ぼくは『意味順英会話』とか『きほんのきほん』とかはそういう考え方に基づいて書いています.TOEICで問われるスキルがあったとしてそれ全部を入れるわけにもいかないので,高得点をとれるスキルを見極めた上でその下部スキルはなにかを考えてテキスト作りをするのがやりがいがあるのであって,ある程度できる人に英会話をさせたり,TOEICを受けさせたりするのはあまり興味がありません.それって人の自由ですし.なんてことをちょっと考えました.