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Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

How have we gotten wrong? すれ違うのはなぜか

SLA

最近,こんなことを考えています.具体的にそれを踏まえて何をするかは自分の著作でするのでわざわざ書きません.

ここ最近は,ずっと英語学習者の多くが,簡単なセンテンスでいいから,自分なりのアウトプットができ,コミュニケイションができるようになればいいな,そのための教材を作れればいいな,と考えています.

ところで,この簡単なセンテンスでいいから,きちんと作り,さらに,ピタリと適切な場面に合うようにつなげてまとめるというのはなかなか難しい話です.

で,データとかを引用することはできないですが,まあ,おそらく事実として,今書いたようなことは簡単なセンテンスを適切にピタリと生み出せる人は,もう少し難しいセンテンスも理解することはできます(生み出せるかどうかは知りません).

このことが,難しめのセンテンスを理解させることに指導者側の注意が向きがちな理由だと思います.

難しいセンテンスがわかれば簡単なセンテンスが生み出せることに相関性があるかどうかはわかりません.でも,今回はそれは考えないことにします.それより難しいセンテンスがわかるようになるには,どうしたらいいのでしょうか.

ぼくが思うに,難しいセンテンスというのは大概簡単なセンテンスをひねって作っています.だから,それらを理解するには,土台になる簡単なセンテンスに対して実感を伴なうような出会いをかなりしていないといけないわけです.だけど,実際は,これをするよりも,新たな学習事項である難しいセンテンスへの出会いに時間がかかりすぎているのではないでしょうか.

で,この簡単なセンテンスの出会いというのは結構簡単な話じゃないような気がします.上に書いた実感を伴なってというのがミソですから.Stephen KrashenのComprehensible Inputというのは結構面倒な話なわけです.