Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

What they really need 本当に必要なことって?

 

Trio Writing, Level 1

Trio Writing, Level 1

 

 最近はひたすらもらった企画を仕上げることになるべく専念しています.早く自由の身になって好きな本を読んだり,DVDを観たりしたいので,あまり英語学習・英語教育がどうあるべきか的なことは考えないようにしています.

それでも,日々の作業をしている中でなんとなく気になることは出てきます.というのは,洋書でも和書でも探す人がそれなりに探せば中級者や上級者向けのものはいい教材はいくらでもあります.で,英語学習・教育に何かいう人はといえば,大概はこのレヴェルに達している人なわけです.その人がSLAを知っているとか,英語教授経験があるのか,あるいは細かい知識に抜けがあるとかそういうことは時々どうでもいいことのように思えるわけです.いや,本当は多分大事なんだけれども,でも一歩引いて見てみるとここで議論されている中でいつもなぜだか無視される人がいますー大多数の英語が苦手な人かつフツーの人,かつ英語教育や英語学習がどうこうなんて口にするどころか考えもしない人,でもひょっとすると英語と接しなければいけない人です.

別に,ぼくは特にリベラルな教育観をもっていてこんなことを考えているわけではなくて,また日本人の英語力の平均値を上げようとも思っていなくて,単にもっとシンプルに原則の知識とあるいは上達までのロードマップをさっさと出してしまえば,そこから少しずつ中級・上級に流れる人も出てくるだろうし,初級でやめてももう少しスッキリした形で英語と決別・あるいは離れずくっつかずに生活できるのではとただただ直感的に考えているに過ぎません.

で,色々迷ったのですが,

基本的には

⑴基本語と意味順

⑵場面・状況・展開の学習(会話ならリアクションとコネクションを軸にしたやり取り・より論理的なテキストでは「つながり」と「まとまり」)

⑶音声の最低限の原則

自習であれ教室であれ,これを可能にするインプットとアウトプットの環境があればそれでいいんじゃないですかね.まあ,当たり前の話なのですが.

困るのは⑴で基本語のはずなのに変なところでハードルが上がって入試頻出語になったり,最低限の意味順の大原則の文構造を抑えるのが先なのに,「なんとか構文」を追いかけたりする⑵もどうせ初級者なら分かりっこない英語圏の特定の地域の文化的なものに走ったり(いずれはそういうのも知るようになっていけばいいとは思いますが,物事には段階があります.最初はまずWhere...?に対して,場所の語句で答えるとかそういうところから,だんだんDo you know where ...?という大人の尋ね方ができるように変わっていき,その後,何回か「あれっ」ということを経験して分かるものだとぼくは考えています),あるいは誰も知らない「英語を母国語としない日本人の日本人による日本人のための英語」みたいなものを勝手にネイティヴも日本人も日本にいる限り学ぶべきだ,みたいなことを言い出すと学習者の負担は増えるばかりです.(3)も日本人訛りがどうこうとかあるいはネイティヴっぽく聞き取れるということなんてどうでもいいと思うんですが,Comprehensibility comes first.ではいけないのでしょうか.

話が逸れました.で,いま思うのは,上の英語のテキストは一応ライティングのテキストなのですが,すごく下を見ているわけです.基本的な文法を教えることもしているわけですが,和書にありがちなスピーキング・ライティングと言いながら実は文法のテキストとは一線を画しています.パラパラ見ながら「こういう基礎って大事だなあ」と思うのですが,基礎とは何かというのは全然やさしくない問題なのです.

まあ,テキトーに書きなぐったので変な結論ですが.