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Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

Truthfully, no rules are needed. 本当は型なんか要らない

 人間というのは不思議なもので,自分で云って・書いて置きながら,時々それを否定したくなったり,必要以上に強調されることを嫌がったりすることがあります.

彼女はたぶん魔法を使う (創元推理文庫)

彼女はたぶん魔法を使う (創元推理文庫)

 

 幸か不幸か,ぼくは社会的影響力は全くないので後者に当てはまることはないのですが,前者のような自分の昔の考えと現在の考えは少し変わっていることに気づくことがあります.

例えば,『英語スピーキングルールブック−論理を学び表現力を養う』(本当は「論理は…」の部分が最初に来るのが正しい書名です)に入れたように,text structureの典型を文章の型ごとにoutlineをある程度頭に入れることを勧めていました.そうせざるを得ないと思ったからです.

ただ,自分自身がそのようにして話し方や書き方の型を学んだか,というとそういうことはそんなにないんですよね.特にnarrativeなんてstructureをはっきりと説明してあるものの方が少ないような気がします.実際,おそらくネイティヴスピーカーの英語指導者は自然にできるだろう,と考えています.ぼくは半分ぐらい彼らの方が正しいのかも,と思ったりすることもあります.でも,半分は型を見せてもいいだろうと思っているから,一時期,それを探して洋書をずっと読んでいたこともありました.

まあ,半分は型を学んでもらうとして,もう半分はどうするのかというと,樋口有介の本を読むのもいいんじゃないかな,とちょっと思いました.日本のミステリーが好きな人は普通,島田荘司とか森博嗣(「ひろし」と発音します.「ひろつぐ」ではないです)とか笠井潔(きよし)などを読みます.本格派(英語ではpuzzler)という謎解きに中心を置いたものになっているからです.そして,もう少し文章に凝ったものが好きだと北村薫を読みます.ちなみにぼくはこれらの作家を読んだことはない(というか,読みかけてやめて,多分今後も読まないと思います.ファンの人すみません)です.で,樋口有介が好きという人はあまりいないと思います.

でも,なんでいいのか,というと他の作家と違って,プロットの綿密さではなくて,文章の旨さでもってストーリーの流れや展開の面白さ(云うなれば「つながり(cohesion)」と「まとまり(coherence)」)を出しているからです.ぼくは読書家ではないですが,日本語で書く作家においては,この書きっぷりでもって,読者をストーリーに引き込む作家は少数派ではないかと思います.樋口有介は多分そのひとり.かといって,ヨーロッパ言語からの翻訳調のような文体で書いてあるわけでもないんですよね.文法とかそういう問題でもないので.

英語で「イカの噛(か)んだ感じがなんか嫌い」と云うとき,

 I can't eat squid. I don't like its texture.

などとこの「食感」「噛み心地」「歯ざわり」のことをtextureと呼ぶのですが,英語のテキストが自然に流れているときも同じ単語を使うんですよね.で,個人的には樋口有介の小説に英語のtextureっぽいものを感じるんで,だから読む気になる(readable),プロットの練りにどこか甘いところがあっても,センテンスががっちりつながっている,全体としてまとまっているから,そうそう崩れない,感じです.まあ,ぼくがそう思うだけかもしれませんが.

まあ,でも,北村薫の小説は女性に人気があるらしいけど, 樋口有介のはダメだろうな,と思います.まあ,小説中のメルヒェンと呼べば美しいですが,男性の妄想でできている,と考えることもできます.