Write to Do the Right Thing

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How you view language varies...「言語観」というやっかいなもの

最近はなるべく口にしない,あるいはこだわりすぎるのは良くないということで以前よりも少し引いた見方でこの言葉を使いますが,言語能力を身につけるにおいて「言語観」というのはどうしてもつきまといます.ただ,この「言語観」が何かというと人によって違うことはもとより極めて定義し難い概念です.

ぼく個人の言語観は極めて流動的なものと考えています.以前,コンピューターのOperation System (OS)のようなものだと述べたこともありますが,SLAをベイスで考えている自分としてはインプットを繰り返していくうちに現状では処理できないものが出てくるので細かいアップデイトを繰り返す必要があります.

だから,同じ学習者でさえ,例えばリーディングのような同じスキルでさえ,学習を始めたばかりのときと,しばらく学習が進んだ後ではインプットの処理の仕方が変わってきます.それは,語彙や文構造がどうこうという話ではなかったりします.同じレヴェルの語彙・文構造のものを扱っても学習者の注意するべきポイントは変わってきます.例えば,かなり意味を取るだけでいっぱいいっぱいの学習者がテクスト内のセンテンスをWho/What (Topic) + Does/Is What (Statement)の要領で付加情報であるWhere/When/How/Whyにあたる要素(品詞で云えば形容詞や副詞に当たります),あるいはTopicやStatementを現実世界に適合させるdeterminers(限定詞)やmodalsなどを含めた動詞のtense/aspectをほぼ無視していくのは仕方がないです.ただ,もう少しゆとりが出てくるとこういう語が細かい彩を添えていたり,センテンスを超えるdiscourseに影響を与えていることを感じ取るようになってきます(ちなみに初級・中級の学習者がdiscourseとかcohesion, coherence及びその訳語である「つながり」「まとまり」ということばを知っている必要はないです.文法用語と同じで概念がわかっていれば良いです.「主語」「目的語」とかも最近では要らないかなと思います.ぼくも良くわかりませんし…).

ひとつ勘違いして欲しくないのは以前が間違っていて,正しくなったとかいう話でもないし,状況によっては前の処理方法に戻ったりしなければいけないこともあることです.