Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

Just mentioning cohesion and coherence wouldn't put you in the right direction.「つながり」と「まとまり」に意味なんかない

突然変なことを書くようですが,人は何かを狂ったように信じ,そしてそれに裏切られ,にもかかわらずまた別の何かを信じ,そして裏切られ,ということを繰り返していく存在です.普通の人はそれに矛盾を感じたりはしません.自分がいま何かを信じているがゆえに反吐(へど)がでるように嫌っているものをかつては固く信じていたということがあるのが普通の人間なのだと思います.よく新聞などを賑(にぎ)わす悪人のように叩かれている人も,ちょっと昔の価値観では普通に受け入れられていたものをして糾弾されているということもあります.価値観が時代によって変わっていくこと自体は自然で,昔では許されていてもいまはダメということ自体はわかります.でも,ぼくは普通の人間ではないので,あたかも昔がなかったかのようにいつも自分が中立かあるいは正義の側にいるような人間が好きになれません.

クイズでマスターするGSL基本英単語2000

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でも,よくよく考えてみると,普通の人というのは,なにも悪気があってそういう振る舞いをしているわけではないんですよね.でも,どちらかというと誰かがつくったのか,あるいは神様がいるのか,自然に生じるのか,大きな運命の流れがあって,自分でも知らないうちにそれに従っているだけなのだと思います.物事を俯瞰(ふかん)できる人間なんてそうはいません.だから,やたらとサッカーで中田氏や遠藤氏が中もお腐れたわけです.話がちょっとそれましたね.

たぶん,英語が話せないとかわからない,とかもそういうのがあって,だから,俯瞰した位置から英語のコミュニケイションを記述した方がいいのかな,と思って,自分なりに調べたり,経験上まとめたことを本にしたのですが,でも,正直,やっぱりそれだけではだめなんですね.というのは,どう考えてもマクロスキルというのはミクロスキルと上手い具合に相互に関連しあっているので,どちらかに偏り過ぎても結局ダメなわけです.

だから,「つながり(cohesion)」と「まとまり(coherence)」というのはそれだけではいくら念仏のように口にしても,あまり意味がないわけです.下手をすると一方的な英語がわかっている人がわかっていない人に対する余計なお世話的な講釈をすることになるのではないかと思ったりするようになりました.

で,何が重要なのかというと,やっぱり思うに,語彙とリスニング(それも基本的な音声のルール)あたりだと思います.詳しくないから知らないけど,たぶん.ただ,2つ上のパラグラフにあるように,マクロスキル(あるいはコミュニケイションの実際)が見えていない人がつくったミクロスキルのモデルを追いかけてもだめなんですよね.結局,できの悪い,不揃いの道具を数だけ集めて,必要な作業ができないことになりかねません.きちっと最初から,語彙や発音といった知識の習得が英語の世界につながっているような教材があるといいんですけどね.

で,なぜ,タイトルに「『つながり』『まとまり』に意味なんかない」と書いたのかは,細かい点は,ご想像におまかせしますが,どんなbuzz wordも意味なんか本当はありません.「アクティヴラーニング」とか「明示的説明(explicit instruction)」とか「豊かな学び」とか「クリティカルシンキング」とか「自律的学習者(learner autonomy)」とか「共同学習(collaborative learning)」とか「訳読の復権」とか.それは,対立軸を政治家が選挙のために出すぐらいの意味しかありません.ここの学習者が自分に必要な英語に触れ,そこから学ぶこと以外はすべてが幻想です.その際に,新しいものを取り入れるために,自分が持っているものを完全に否定はしないけれども少しずつ壊していくステップのためにこれらの幻想があるに過ぎません.ぼくがいまそれなりに信じている幻想もその程度だということです.まあ,幻想だからといってそれが無駄とも云えないのですが.