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Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

教材と学習者の淫靡な関係

前の記事にも書いた通り,ここのところずっと超初級者向けのTOEIC教材を作れないかな,と考えていたのですが,そもそも超初級者はなぜ超初級者なのか,超初級者とはいったいどういう人を指すのだろうか,ということを考えてみました.

ある程度,数字を出して,この語彙を習得していないとか,TOEICのスコアだとか,そういうある意味科学的に(真実かどうかは知りませんが,数字で客観的に表すことができるという意味)定義することもできるのでしょうが,むしろ本質を表わしているのは個々の知識の欠如よりも語学学習の全体像が見えていないために,何をしたらいいのかわからないという人を指すのだと思います.

そしてこのこと自身はかなり重要で,こういう学習者が一念発起して(?),勉強をしようとしてもできないこと,やっても意味のないことをなぜかしてしまうんですね.もちろん,誰かにアドヴァイスを受けるということも考えられますが,多くの場合,あまりこのアドヴァイス自体が何のことだかよくわからないんだと思うんですよね.

例えば,スコアが300点に満たないような出来ない人ほど,TOEICのスコアを上げるために単語集や文法問題集で勉強しようとするのですが,教える側からみれば失敗することが目に見えているのですが,その勉強方法が基礎だと信じているんですね.

昔は,そういう人たちに効果が出る英語学習法を教えるのが(自分はともかく)教育者の役割と思っていましたが,違うのではと最近思うようにもなりました.海外の応用言語学や第2言語習得理論にせよ,英語ができるようになった「達人」が過去の学習歴から解く「音読」や「シャドウイング」がどうのということ(註・誤解の内容に記しておきますが,これらが間違っているということでは決してないです.ただ,伝わらなければ無駄ではと思うことからこういう書き方を敢えてしています)を含めて,全て超初級者には無神論者にとってのお経なのだということに気づき始めました.

それよりも,超初級者が基礎を固めようと「単語集」「文法ポイント集」などを買ってきて,とりあえずこなそうとすることを逆に利用してあげればいいのかな,というのが最近気づいた点です.まあ,この考え方に沿って教材を時間があれば作ってみたいところですけど,性格的に営業はあまり得意ではないので,編集者に今書いていることをわかってもらうことを考えるとひまなはずなのに時間がいくらあっても足りない気がしてきます.

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