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Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

It's politics, stupid. 1

ブログや各種SNSによって電脳空間(cyber space)を利用して,ごく普通の人が自分の考えをみんなが見ているところ(public space)に表現ができるようになりました.これはある意味で革命的であり,すばらしいことなのでしょう.フツーの人(laymen)が既存メディアに情報を支配(control)され続けた時代から脱却するチャンスを迎えているとも云えるでしょう.

 

しかしながら,同時に別の問題が生じてきました.それは,ネット上での考えが違う2者(あるいはそれ以上)の間で起こる,罵(ののし)りあい(決してheated argumentと呼べるものでなかったりします)です.以前も確かここにそれに近いことを書いたかもしれませんが,ぼくは,このことが起こるのは日本人が議論というものに慣れていないからだ,と思ってきました.いまも正直半分ぐらいはそう思っています.しかし,最近になって違うのではないかという考えも同時に生まれてきました.

 

 

ものごとを感情的にならずに,冷静に,論理的に見ようとすることは非常に大事なことです.ぼく自身もできればそうありたいと心がけています.もし,公教育であれ,それ以外の場所であれ,誰かがこの「論理」「ロジック」「ディベート」「クリティカルシンキング」を丁寧に教えてくれるのであれば,それは悪いことではないだろうな,と思っています.いや,思っていました(でしょうか.英語の時制ならば,現在完了形のつもり).

 

しかし,いまはこういうことだけではなく,いや,むしろこういうことを教えるのであればそれと同時に教えなれけばいけないことがあることに気づきました.そして,そのことを考えると,残念ながら,現在,この日本において,本当の意味で日本人に役に立つ「ディベート」や「クリティカルシンキング」を教える人材なんて殆どいないのではと思うようになりました.

 

もし,これを読んでいるあなたが少しカチンとなったのであれば,ごめんなさい.ぼく自身は誰かをけなすとかそういう意図があって書いているではありません.しかし,最近,いろいろな場所で本来「英文がきちんとした読み手を説得する形で書けるようにすればどうすればいいかを教える英語の先生」や「学生時代から英語ディベートをやってきて,それらの内容を日本の英語・国語教育に導入しようとしている教育者」がある視点がまったく欠如しているために言葉は穏やかながらも一方的に自分の正しさを主張している発言を繰り返しているのを見て,考えさせられました.

 

周りくどい書き方をしてきましたが,ぼくはもし,これらの「論理」「ディベート」的なことが教えられるのであれば,その中で,あるいはそれと並行して「政治」が教えられなくてはならないと思っています.上記に述べた本来は「論理(being logical)」「ディベート」の専門家である人も自分が政治的な振る舞いをしていることにまったく気づいていません.

 

誤解して欲しくないのは,政治と云っても,日本あるいはアメリカなど他の国の「XX党の政治家」の選挙やスキャンダルを新聞などを読んで追いかけることではありません.というか,どちらかと云えば,日本人は「政治」について何も知らないからこれらの記事を読んでも何もピンとくることがなくて,情報の発信者側に思うように云いくるめられてしまう,ある立場が盲目的に正しいとなんとなく自分とウマの合う文体(style)で書く評論家の書くものを読んでいるうちに信じてしまうのが普通だと思います.

 

(つづく)

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