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Write to Do the Right Thing

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学問的態度は本作りに影響するのか

みなさんは「学者」「専門家」と聴いてどういうイメージを思い浮かべるでしょうか.プラスかマイナスか──あまり云い切るのはよくないかもしれませんが,アメリカやドイツやイギリス,フランスあたりに較べるとこれらの名前で呼ばれる人たちはそれほど大衆から好かれたり,尊敬されていないと思います.

別に,ぼく自身はこの人たちをかばうつもりなんかありません.どちらかというと,ぼくも本当のことを云うと「先生」と呼ばれる人たちはあまり好きじゃありません.ただ,なぜこれらの人がそれほど尊敬されていないか,ということに非常に関心があります.

なぜ尊敬されないのでしょうか.もちろん,この「学者」や「専門家」が人格において激しく劣っていて,自分が「先生」と呼ばれる権威を振りかざして,名前を貸す代わりに会社からお金をもらうとか,お気に入りの「生徒」「学生」に関係を強要するとかしていればまあ尊敬されないのは当たり前です.ただ,そういう人はそれほど多くはないと思いますし,前者に関しては,産学協同体(co-operative system,こういえばカッコいいですが,「癒着(ゆちゃく)」と云えば悪いことになります.世の中は不思議です)はずっとアメリカなどのほうが進んでいるように思われます.

で,そんなことでなくて,「学者」「専門家」に本来求められる「学問的態度」そのものがあまり日本では評価されないということがきっかけなのではないかと思います.ぼくは,学問(science)の根本とは,事実の集積から,客観的な法則を見つけ出すことだと思っています.たぶん,この定義で世界基準で考えてみても間違っていないと思います.

しかしながら,この態度はあまり日本では好かれていないのではないでしょうか.日本では「経験」が重んじられます.それは当たり前のことです.たぶん,熟練労働者が比較的評価されるヨーロッパでも「経験」が鑑(かんが)みられていること自体は間違いありません.しかし,これはぼくが述べた,学問の定義からすると最初の部分だけなんですね.そして,学問の真骨頂はデータを集積しただけではなく,それから客観的・抽象的な法則・モデルを発見することにあります.

もちろん,日本にモデルが応用された例はたくさんあります.例えば,この英語関係のブログであまり政治的なことを書くのはどうかとは思いますが,世界じゅうのリベラル派(liberals)とよばれる人たちの政策である「企業や個人の利益の1部を税金という形で集めて,福祉・社会保障公共事業という形でなんとか(貧しい)国民にお金が行き渡るようにする」という考え方は,日本でもそれなりに受け入れられています.そして,多くの英語の先生や英語学習者は「5文型」というモデルで英文を分析したがります.

しかし,日本人の多くは,荒削りながらもそのモデルをいち早く提示した先駆者を尊敬したりはしません.先のリベラル派の政策はカール・マルクスというロシアの社会主義革命に関与したドイツ人学者から発展したものです.だけれども,おそらくこういうことを云うとほとんどの日本人は「俺はそんな共産主義者じゃない」とか云い出します.個人的に先駆者をたたえることと現実世界において共産主義社会主義をどう考えるかは少し違うと思うのですが.そして,5文型という考え方は,C.T. Onionsというイギリス人の言語学者の研究を応用したものですが,ほとんどの人はこんなことを知りません.

別に,マルクスやC.T. Onionsを知らなくてもいいんですが,ぼくが危惧(きぐ)するのは,このように抽象的なモデルを提示する地盤がまったくないのでは新しい発見は生まれないんじゃないか,ということです.で,ここまでこんなことを書いていますが,ぼくは大きな話をしているのではなくて,実はTOEIC関連の書籍のことを考えています.

最近,「再現率が高い」とよばれる書籍が増えています.しかし,どうしてこのような本たちが生まれたのかというと著者の多くが実際に本試験を受験しているからです.これはいいことでしょう.しかし,このことも学問的な態度からすれば最初のステップを踏んでいるに過ぎず,受験して集めた情報から客観的な法則を見つけ出すというところまでは行っている本はそれほどたくさんはありません(実はそれを行なっている数少ない本がベストセラーのテクニック本であることはなかなか面白いです).

でも,本当は客観的な法則を見つけ出すことのほうが過去に出たとされている問題をなんらかの形で再現するよりも読者に英語力と得点力の両方をつけさせる意味では大事なのではないかな,と思います.

ぼく自身もそういう本を目指していくので,他の本を書く人も少しでも新しい客観的な法則を自分が受験で知ったことから見つけ出していってくれればと心より思います.