Write to Do the Right Thing

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個人の視点を全体に導入することの危険性

最近,いろいろ考えさせられることがあります.ぼく個人は,日本人の英語力がどうすれば向上するのかときどき考えることがあります.しかし,基本的には大きく絶望します.

それは,現状の教育が酷(ひど)すぎてどうしょうもないからだ,とか,英語教育以前に言語技術(Language Art)の教育がなっていないからだ,とか,そういうことではありません.まあ,そんな気持ちになったりすることもあるのかもしれませんが,根本的にこれから書くことに較べれば小さなことです.

それより,ぼくがはじめに書いた「日本人の英語力がどうすれば向上するのか」を英語にするとどうなるでしょうか.

How can a Japanese (person) improve his/her English skills?

How can Japanese peple [the Japanese] improve their English skills?

あまりきれいな英語でないかもしれませんが,この「日本人」が単数であるか種類全体をあらわす複数形かで考えることは大きく変わってくると思います.

そして,多くの英語教育における試みの失敗は多くは,個人レベルでの「よいこと」を全体での「よいこと」と勘違いして起こっているとぼくは思います.

さて,数ヶ月前,日本列島をTOEFL旋風が駆け抜けました.というか,「駆け抜けたようです」というのが正解です.ぼくはテレビや新聞を読みません.日本でフツーに起こっていることにあまり関心がないからです.まあ,そんなぼくにもネットや知り合いから聞かされて情報が少し入ってきました.主にアメリカの大学で留学生の入学基準に使われるTOEFLを日本の大学受験の英語試験に代用しようという案であるようです.

ここでは,この案自体の妥当性に関するぼくの考えは書かないことにします.ここでのポイントと少しずれるからです(また基本的に英語教育関係者や留学経験のある教育者の意見は極論の人を除けばこのあたりに落ち着くという点もあります).しかし,予想できたこととはいえ,賛成派も反対派も論者は自分の個人的な体験からTOEFLが適切か否か自説を述べただけでした.賛成派は「試験そのものとしてはTOEICよりTOEFLの方がはるかにいいです。また難しいです。スピーキング・ライティングあるということでも違いますし、語彙レベルがTOEICとは違いますね。(中略)TOEICからTOEFL中心へと日本の英語学習がシフトする可能性もあります。企業でもTOEFLスコアを見るようになってくるでしょう(TOEICはそもそもグローバルスタンダードではなく、日本と韓国以外では知られていない)。それ自体は良いこと」(引用者註・この記事の筆者は完全に手放しで賛成のニュアンスでは書いていません.ただ,賛成者の意見としてよく見られる部分がうまく集約されたいたので引用することにしました)などということとまとめることが多く,反対派は「TOEFLはそもそも海外大留学のための試験で、要求する語彙に日常会話では使わないような学術的なものが多く、日本人にとっては難易度が非常に高い」と云っています.

これらは決して馬鹿馬鹿しい意見ではありませんし,この議論を深めることはいいのですが,本来ならば,自民党教育再生本部が提言をする前に考えなければいけない視点があったはずです.

まず最初に,試験がTOEFLであれ何であれ,外部試験を導入することの意味を考えなければいけないと思います.各大学が違う試験を受験者に課すのは,少なくとも建前(たてまえ)としては自分の大学(学部)として学生に身につけていてほしい学力を測るからだと云えます.外部試験を導入することは「ほしい学力」が外部試験によって計られる能力と重なっていることを意味します.つまり,能力基準の標準化が大学に要求されることになります.TOEFL導入の場合,問題を製作するETSが考える英語力が日本の大学が学生の英語力を測る基準として使われることになります.誤解のないように書いておきますが,それが悪いと云っている訳ではないです.

さらに,そのような標準化を政府(国家)が教育機関に要求することがなぜ英語だけに行なわれるのか,という問題があります.これも悪いと云っているわけではないです.

この2つの点についてぼくが知っている限りではきちんとした説明はなかったと思います.まず,この点を見極めておくことが必要です.

ただ,ぼくが最も気になったのは,かなり多かった「TOEICよりTOEFLのほうが難しいから」という理由で賛成している人がものすごい数に登ったからです.この発言は,「TOEICなんてテクニックを身につければスコアがあがる」「TOEICで高得点をとっていても話せない」というある意味よく聞く発言とともに,多くは,ある個人の主観から述べられたことが膨らんで云われるようになっただけに,この発言の意味をよく考えなければいかないからです.

それでは「TOEICよりTOEFLのほうが難しいから」TOEFLを導入すべきだ論は,考えるべきことが2つあります.

1)何を難しいと呼ぶのか

2)難しいことはいいことなのか

 それでは,1)何を難しいと呼ぶのか,という問題から考えて見ますが,これはやはり試験の性質によるもので,学校で習うようなアカデミックな語彙が多いことをあらわしていると思います.でも,これは逆に,TOEFLに慣れた人がreimbursement(払い戻し),headquartersのような単語を知らないことはあり得ます.人は自分ができることを簡単,できないことを難しいとするので,できることを簡単と片付けるのはいささか乱暴な気がします.

 つぎに,2)難しいことはいいことなのか,という問題もあります.確かに,アメリカなど英語圏でも語彙の調査をすれば,TOEFLによく出るアカデミック語彙は難しいものと扱われます.しかし,だからそれをやるのがいいのかは疑問であって,それをやることで一般的によく使われる基本語彙の習得がおろそかになるのであればそれは問題だと云えます.

(長くなったのでいったん切ります.つづく)