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Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

個人の視点を全体に導入することの危険性 2

前回の記事のつづきです.

TOEICは簡単すぎるからTOEFLを大学受験の代用にすべきだ」論の疑問点を前回は最後の部分で述べました.「難しい」というのが主観的,個人の視点であり,この視点を結構たくさんいる大学受験生全員に適用される議論に持ち込むのはどうかな,というのがぼくの考えです.繰り返しますが,TOEFLがテストとして適当かどうかをここでは述べているのではありません.

ついでに,「TOEICは簡単すぎる」という点についても個人の視点に過ぎません.神に誓って言いますが,ごくごくフツーの会社員や大学生をテキトーに10人集めてきてみて,TOEICの印象を尋ねれば,「何それ? 知らない」「難しい,英語苦手だから」が大半だと思います.平均点が565-590点程度に収まっているテストですから,少なくとも確率論的に考えれば900点が簡単と思えるのは少数派です.

TOEICは簡単すぎる」は実際,900点を簡単に取れてしまった人(およびその意見を自分を棚に上げて引用している人)の意見だと思います.どういう経緯で900点を取れたのかはその人の背景によるでしょう.海外に留学した人もいれば,業務で英語を使っている人もいるでしょうし,あるいはテスト対策がものすごく上手な人もいるでしょう.で,その人たちの主観としては高得点をとるのは簡単だった,でも自分はネイティヴに較べて話せない.もしかすると,スピーキング・ライティングもあるもっと難しい試験であるTOEFLを最初に目指していれば自分もネイティヴのように話せたかもしれない.

まあ,そんなことを考えるのは結構ありがちで,自然なことだと思いますが,その主観が大学受験生全員に適用されて良いんだろうか,という疑問がでてきます.で,この人たちは勝者の視点でものを見ているんで,以下の視点が欠けています.

1)目標を高く上げたからと云って,全体のレベルが上がるとは限らない

2)現状,TOEICでさえ,900点とれない人がたくさんいる(というか,テストの性質上実は一定量そういう人がでてくるようなテストになっている)

個々人の学習者の視点でものを考えれば,別にできない人は無視しても構いません.というか,自分はつねに成長する存在と考え,上(厳密には「上」という云い方は適当ではありません.「自分が現状できないけれども必要とされるスキル」のこと)を目指した方がいいと思います.ただ,この視点をシステムを作る側,導入する側に適用するのは甚(はなは)だ無理があります.

別に,ぼくとしてはTOEFLが導入されようとされまいと,どっちでもいいし,少なくともこの日本においては一般的な市民はその議論に加わることは許されていないので,結果を受け入れるしかないとわかっています.ただ,もし,議論を組む側のある程度権力をもっている人たちが自分たちの主観だけで事をするめていくはどうかな,と考えます.