Write to Do the Right Thing

I create things and write about them here as well as other stuff. Views are always mine.

この世にすべてと呼べるものなどない

名探偵コナン』の主人公は「真実はいつもひとつ」というけどこれは嘘です.ある事実から複数の真実が浮かび上がることは珍しいことではありません.

このことは英語教育に対する議論についても云えることで,カタコトの英語で業務をしている人を指して,ほら「完璧な英語なんて必要ないんだチャレンジして 話す気持ちが大事」という真実を見出す人もいれば「より正確な英語を話せる人材を増やすべき」という真実を見つける人もいます.

また「中学や高校の先生もSLAの基本ぐらいはしっていないと」という言葉に対して「部活など教科指導以外の仕事があってとてもそんな時間はない」とかいうやりとりがネット上でされているのを見たりすることがありますが,「現場の先生がSLAの基本の欠如から理想とは程遠い英語の授業を行なっていたとして(あくまで仮定),それを見て,

「現場の先生は満足な授業を提供していない」と見るか「充分やっている」というのはどちらも真実だからこの真実の妥当性で議論をしても仕方ないのではとぼくは思います.でも現場の先生と英語が少し(to some extent「かなり」とも云える)できる人はこういう争いをやめられないのです.

最近ぼく自身は,絶対不変の真実を追いかけるからこうなるのだ,「本当のこと」を追いかけるより「よりまし」を探したほうがずっといい,と考えるようになりました.

学問には流行があるから現実が学問に引きずられるのは仕方ないし,それはある程度正しいことです.大事なのはその真実がそうでもなかったと気づいたときにまた絶対不変の真実を探すのか,ということです.そうだとするとCEFRもTOEICTOEFLも"i + one"もかわいそうな気がします.

たいていのことは「気づくのはいつも過ぎた後」なのですがヨーロッパ人がよく引用する「ミネルヴァのふくろうは夜羽ばたく」ということばに学んで過去を俯瞰的に眺め,「よりまし」な選択の知恵を生み出せないのでしょうか.

(なかなかこの人のカヴァーは似ている)